はじめに
 
 計算力学はコンピュータを用いて力学のシミュレーションを行うという学問分野です.力学の研究の歴史は大変古いものですが,20世紀後半のコンピュータの登場と発達は,「計算力学」という新しい力学のアプローチを生み出しました.コンピュータの発達以前はごく限られた問題しか解けなかった力学の解析が,きわめて実際的なエンジニアリングの問題を含む広範囲の問題まで適用されることが可能になりました.その結果現在では,「計算力学」は設計の重要なツールとして多くの企業で活用されています.
  
 にもかかわらず,国内に「計算力学研究室」を名乗る研究室はそれほど多くありません.これは力学の種類(たとえば流体とか固体とか)が実は多種多様で,それぞれの分野で計算力学が発達しているため,特定の研究室が「計算力学研究室」というネーミングを用いることを遠慮してきたためです.
 
 しかし,成蹊大学工学部では先生方の理解と協力のもと,1990年にこの「計算力学研究室」という名前の研究室が立ち上げられました.以来,本研究室ではその名に恥じぬよう構造,流体,音響,振動などいろいろな力学を対象に,翼を手にいれたイカロスのように自由に幅広い分野で活動しています.

  

スタッフの紹介
 

昭和62年 3月 東京大学大学院工学系研究科船舶工学専門課程博士課程修了,工学博士
昭和62年 4月 東京大学生産技術研究所第2部助手
平成 2年10月 東京大学生産技術研究所講師
平成 3年 4月 成蹊大学工学部助教授
平成12年 4月 成蹊大学工学部教授 現在に至る
なお平成6年3月より平成7年3月までThe University of Michigan客員準教授

メール yuge@st.seikei.ac.jp
電話  0422-37-3722
最近の話題から
   





ごぶさたぎみ..

堀口淳司助手は,2008年度をもちまして,流体力学研究室に異動になりました

  2013年度研究室メンバー

助教 和田 有司
博士前期課程 森田 敬大小林 千浩伊勢田 龍之介
学部4年 犬塚 優太田 雅貴梶井 健吉
河原 駿也津久井 洋平手嶋 真考
新川 大貴西 遼太野口 洋介
蓮沼 勇人森 潤平
研究内容のご紹介と四方山話
 
 計算力学は英語でComputational Mechanicsといいますが, CAE(Computer Aided Engineering),日本語でコンピュータ援用工学と呼ばれることもあります.この言葉が使われるようになった約20年前は,「コンピュータ援用工学」といっても実際にコンピュータが活用されていたのはもっぱら「計算力学」に限られていたのです.工学の殆どすべての分野でコンピュータが利用されるようになった現在ではかなり違和感を覚える用語となりました.このエピソードからも窺えるように計算力学とそれを取り巻く環境は目まぐるしく変化し,発展しています.なにしろ,コンピュータに関して言えば,1976年に発売された世界最初の商用のスーパコンピュータCRAY−1に比べ現在の典型的な家庭用パソコンは処理速度でおよそ10倍も速くなっているのです.
 
CLAY-1は演算装置とメモリを最短距離で結ぶため円筒形という奇抜な形をしていました.しかし,もっと人々を驚かせたのは表面にレザーが貼られ椅子として使用できるようになっていたことです.クレイ博士のユーモアに皆さんはついていけますか?筆者(弓削)は,学生の頃にアルバイト先でこのマシンを見た覚えがあります.高価なマシンなので1秒の計算時間で1000円以上課金していたと思います.
1999年には,あるプロジェクトに関連して米国クライスラー本社で最新のCLAYで計算する機会がありました.いくら使っても課金されないシステムで,スーパーコンピュータをぐっと身近に感じだのですが,もっと驚いたことがありました.ある日のこと,スーパーコンピュータを操作していた画面に「メンテナンスのために停止します」というメッセージが出たのです.その日の作業は終わりか,と思ったところ,担当者は平然と「違うCLAYを使え」と言いました.クライスラー社には10台ほどのCLAYfがあったのです.いやはや,その恵まれたコンピュータ環境にはため息が出てしまうと同時にアメリカの自動車産業がCAEに力を入れていることを痛切に感じました.
 
 このようなコンピュータの発達に支えられて計算力学では,年々複雑な問題に応用が拡張されています.代表的な分野としてマルチスケール解析が挙げられます.マルチスケール解析では顕微鏡レベルの材料の破壊と,構造全体の破壊とを関連づけて解析を行うような,桁違いにスケールが違うふたつの事象が関連し合っている力学問題を取り上げます.成蹊大学の計算力学研究室では,近年注目を集めているこのマルチスケール解析を研究のひとつの柱にしています.
マルチスケール解析によって樹脂複合材の遮音(しゃおん)解析を行いました(1997).二つの部屋を樹脂複合材の壁で遮り,一方の部屋に音源を置きます.樹脂複合材のミクロ構造を変えると遮音量が異なることがわかります.この計算によって遮音効果が高くなるためにはどのようなミクロ構造を採ればよいのか計算できます.
 マルチスケール解析は膨大な計算量を必要とします.非常に規模の大きい解析はごく最近まで,コンピュータ環境に恵まれた一部の研究者しか実施することはできませんでした.しかしネットワークを利用したパラレルコンピューティングという技術の発達は,複数のパソコンに並列処理することを可能にし,多くの研究者にスーパーコンピューティング環境を与えました.こんにち世界のスーパーコンピュータシステムベスト100の中には,いわゆるスーパーコンピュータの中に混じってパソコンによる並列システムが名を連ねるようになっています.研究室ではこのパラレルコンピューティングによる解析プログラムの開発も研究の大きな柱になっています.

  
筆者(弓削)は2000年から2001年にかけて「計算工学」という学会誌の編集幹事をやっていました.いろいろと大変でしたが,研究のこと,原稿を書かせるこつなど多くのことを学びました.この時の記事の中にパラレルコンピュータに関するものがあり,自作することもできることを知りました.研究室で自作したパラレルコンピュータシステムは,名作「2001年宇宙の旅」に登場するコンピュータにちなんで「ハル」と命名されました.映画の中のハルは意志を持ち,「故障(病気)による停止(死)」に対する恐怖心から次第に暴走し飛行士を殺害するに至るのですが,研究室のハルの暴走は今のところ,十分にコントロールできる範囲に収まっています.

歯の噛み合わせが悪いと集中力がにぶるなど食事以外にも様々な不都合があることが明らかになり,いろいろな治療法が試みられています.これらの治療法の有効性を裏付けるための力学的なシミュレーションを研究室では行っています.CTスキャンという医療機械で患者の頭蓋骨の連続断面写真を取り,そこから上図のような解析モデルを作成しました.数百万元の連立方程式を最終的に解くためにパラレルコンピュータが活躍します.
 
 
 最近では単に複雑な力学現象のシミュレーションを行うだけではなく,シミュレーション結果から,どのように設計変更をすれば最適な設計となるのかを計算することが求められています.このような研究分野を最適設計といいます.計算力学研究室ではこの最適設計にも積極的に取り組んでいます.最適設計計算からは,我々が創造も出来ないような奇抜なデザインが出てきたり,日ごろ慣れ親しんだデザインが出てきたりしてきて興味がつきません.
  
研究室で開発するソーラーカーの台車となる部分について,不要部分を最適化ソフトによって探しています.赤い部分は解析によって不要と判定された部分です.最適化ソフトを使用することによって合理的な軽量化を短時間で行うことができます.
 計算力学の発展に関するトレンドとして関連分野とのデータの共通化,ソフトウェアの統合化があげられれます.コンピュータを使って設計図をつくり,そのデータから計算力学によって性能を評価し,さらにコンピュータ制御の切削機に対する命令を自動的に出力することができるような統合化CAEソフトが普及価格帯で発売されるようになり,大企業のみならず中・小企業にも普及するようになりました.大学では計算力学の基礎理論を学生に理解させるだけではなく,このような統合化CAEソフトの使い方を指導する必要が生じています.これらのソフトは設計時間や設計コストの常識を一変しつつあり,その技術を持つ新しい人材が求められているからです.
 そこで成蹊大学の計算力学研究室では卒業研究の一環として,統合化CAEソフトを用いたソーラーカーの設計と試作を行っています.この研究を通して教員は商用ソフトの問題点を洗い出し,新しい研究テーマを見つけることができます.また,学生は商用ソフトの使用法を習得できると共に実際の機械設計・製作を体験することができます.高度に専門化した計算力学の研究よりも,自らの創意工夫を生かすところが多数あります.
 この研究は教員が構想をたてて指導するトップダウン型の従来の卒業研究から,学生が自ら考え問題を解決する学生主体の新しい卒業研究の形態を作り出しました.自らの工夫が直接ものづくりに取り入れられ形になるというのがエンジニア最大の喜びです.計算力学の卒業研究テーマとしては大変珍しいものですが,スタートして4年が経った今では,大変人気のある卒業研究のテーマのひとつになっています.
 


入賞して喜びもひとしお